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イントロダクション──進化教育学とは何か

生物は多様かつ複雑であるが、一体誰がこのように作ったのだろうか。

一昔前は、神が創造したというストーリーが信じられていた。だとしたら、きっと神様は人間よりも昆虫好きに違いない──人間より遥かに種類が多いのだから。

しかし、人類は2世紀かけてこの説明に変わる理論を手にした。それこそが、進化論である。

 

ダーウィン時代の到来

 

ダーウィンは身体的な機能のみならず、精神的な能力でさえも、段階的に獲得された適応の産物であると考えていた(1)。

進化のアイデアは古代ギリシャからあったが──例えば、エンペドクレス(紀元前495年~435年)の4元素──、科学的な説明がなされたのはダーウィン以降だ。

 

長年、人類は「我々はどこからきたのか?」という問いに答えられなかった。そこに、ダーウィンが光を灯したのである。だからこそ、ダーウィンの進化論(自然選択と性選択)は生命科学に大きな衝撃をもたらした。

これは何も、生命科学(生態学、遺伝学、解剖学、生理学、動物行動学)だけの話に留まらない。社会学、人類学、経済学、言語学、文学、歴史学のような、人文科学にも波及するインパクトだ。

 

今日、ダーウィンの予言通り、進化論はあらゆる領域と結びつき、価値のある知見を生み出している。

しかしながら、進化論(ダーウィニズム)が受け入れられはじめたのはつい最近のことである(2,3)。ダーウィンは『種の起源』の中で「遠い未来」と述べていたが、まさか出版されて160年以上もかかるとは思っていたかっただろう。

これほどにも時間がかかったのは、科学の発展、イデオロギーの問題、“優生学(Eugenics)”の悲惨な歴史による複数の要因が絡み合った結果である──悲惨な歴史があるからと言って、人文科学の文脈で進化論を拒絶する理由にはならない。しかし、自然科学や各理論は真空状態ではなく、悪用されないように細心の注意を払っていく義務はあるだろう。

 

教育学も例外ではない。いくら指導方法や教材が新しくなろうとも、子どもは太古の昔から変わっていない。

学習なくして、他者の協力を得たり、子どもを作るパートナーを獲得することは困難だ。

どのような集団であっても、自分たちの文化を身につけられなかった子どもたちは、後の生存と生殖において不利な状況に置かれることになった。

 

今日、教育の責任は大人にあると考えられている──望むか否かにかかわらず、子どもに文化を身につけさせる責任がある。しかし、長い歴史の中では、教育における責任は子どもにあった。子どもは常に進化の篩にかけられ、文化を獲得するための動機や学習能力を獲得してきたのだ。

生存と繁殖の成功率を高めるような仕組みは選択され続け、成功率を下げるものは残らない。子どもの性質に普遍性があるのならば、それは進化の産物と考えられるのである。

現に、子どもの特性の多くは進化的起源がある。決して、最初からお勉強ができた訳ではなく、長い年月をかけてじっくりと能力を身につけてきたのだ──『発達の進化——子どもの成長過程は進化によってデザインされている』や今後更新予定の記事を参考のこと。

 

従って、教育は人間(ホモ・サピエンス)という動物の生物学的構成要素の一部と位置づけることができるだろう。

遺伝学者のテオドシウス・ドブジャンスキーは、とあるエッセイの中で「生物学では、進化の光のもとでなければ何事も意味をなさない」と主張している(4)。

ドブジャンスキーの言葉を借りるなら、進化の光のもとでなければ子どもの特性に合わせた教育議論など意味をなさない、ということになるだろうか。

 

そこで、本サイト(進化教育学研究室)では、進化論を教育学に適用した“進化教育学”を提唱し、子どもの学習能力・動機づけ・発達・身体的及び心理的機能の起源の解明を試みていく。

 

想定読者

子どもを理解し、効果的な介入をしていくには、本質を理解していなければならない。そして、本質は成り立ちを知る他ない。

このことを、認知心理学者のスティーブン・ピンカーは“生命体を逆行分析(リバースエンジニアリング)する”と称した(5)。

エンジニアはプログラムの作成者であるからこそ、修正やアップデートが可能なのである。では、教育者はどうだろう。おそらく、誰も人間について深く理解していないのではないだろうか。

 

多くの教育者にとって、進化論は馴染みがないはずだ。

進化論は最も誤解されている理論でもある──皮肉なことだが、科学者にも誤解されている。多くの誤解は、進化論が実際に何を意味するのかを正確に理解していないことから生じている。

 

そこで、本サイトでは、数多くの記事を通して進化的視点が教育に有用であることを示すとともに、進化論に関する基本事項も丁寧に解説していく。

科学的(エビデンベース)な教育を目指している教育者であれば、役立つ記事は少なくないはずだ。

また、教育学は人間を対象とした学問領域であることから、扱う内容は自ずと多岐にわたる。ヒトに興味がある──人間行動の“なぜ”──人ならば、役立つ知見が得られるかもしれない。

 

この記事(イントロダクション)を要約すると「教育に対して皆が見過ごしてきた別のアプローチを取りますよ」という宣言だ。

教育の分野では進化論が軽視されているが、遅かれ早かれ人間の本質に目を向けた推論が常識となるだろう。その足掛かりとして、本サイトを活用していただければ幸いである。

 

立ち止まってなぜと問う──しかし、今度は慎重に

 

多くの教育者にとって、必要なのは“How”の知識なのではないだろうか。「どうしたら勉強してくれるの?」「どうしたらより定着させられるのか?」、教育者は常に方法論を求めているし、ニーズがあるからこそ書籍も沢山出ている。これは決して悪いことではないが、子ども理解という点では足りない。

 

動物行動学者のニコ・ティンバーゲンは、生物の行動を理解するには、以下の4つのアプローチがあると指摘した(6──厳密に言うと、ティンバーゲンはアリストテレスの問いに4つ目を加えた学者だ。

 

究極要因 機能:それはなぜ進化したのか?(why) 系統発生:どのような変化の歴史をたどってきたのか?(what)
至近要因 メカニズム:それを引き起こす直接的要因は何なのか?(how) 個体発生:それは個体レベルでどんな過程を経て発達するのか?(when)

 

赤ちゃんが泣くこと、であれば、

  • 泣くことで赤ちゃんにどんな利益があるのか?(機能)Ex:泣くことは親の子育てを引き出す生存戦略)
  • 赤ちゃんが泣く原因は何か?(メカニズム)Ex:痛み、空腹
  • 遺伝子と環境がどのように相互作用して、泣くパターンに変化が生まれるのか(個体発生)
  • 赤ちゃんが泣くようになるまでの歴史(系統発生)

 

の異なるアプローチが考えられるだろう。

生物学と他の学問分野との間に生じる意見の相違は、それぞれが異なる問いを立てているのもかかわらず、同じことを話していると思い込んでしまっている点にある。

手書きで学習効率が高まる理由を知りたい場合、神経のメカニズムに目を向けるのならば、それは至近要因であり、進化教育学の答えでは不十分になってしまう。しかし、「なぜ手と記憶に密接な関連性が生まれたのか」になれば、進化教育学は満足のいく答えを用意できるかもしれない。至近要因と究極要因とでは扱う内容が異なり、それゆえに優劣はつけられないのだ。

至近要因を特定することで究極要因の分析が真実に近づくように。究極要因の特定は、散らばった至近要因の数々を統合し、世界をクリアにしてくれる。

これらは補完し合う関係なのである。

 

 

実際のところ、ティンバーゲンの問いに全て答えるのは難しい。それに、どこかの答えが明らかにならなければ、他のところが分からないわけでもない。子どもの発達に関する進化的説明がかけていても、効果的な指導は検証可能だろう。

我々がスマートフォンの構造を知らなくても使いこなせるように、教育者は直感的に他者に働きかけることができる。日常生活では問題ないだろうが、本腰を入れるのであれば不十分かもしれない。

 

ティンバーゲンの4つの問いが重要なのは、誰しもが陥る単純化の錯覚から開放してくれる点だろう。あの、賢明なアリストテレス(紀元前384-322年)でさえ、自分が見たものが世界の全てであると思い込んでいた。

生物学は体系的な学問であり、生物学的現象は、多くの構成要素が、複雑に絡み合った結果だ。生物学的現象を説明しようとするときに、要素を混同してしまうと、重大な誤りを犯すことになってしまう。

本サイトは特に進化的観点(究極要因)から話を展開することで、読者に一つの視点を提供していきたいと考えている。

 

 

子どもが親に向かって、「どうして?」「なんで?」と質問攻めにして答えを求めるように、我々もあの時の好奇心を取り戻して、今度は母なる自然に尋ねてみようではないか。

 

ねぇ、なぜ私は私になったの?

 

 

参考文献

1.Darwin, C. (1859). The origin of species by means of natural selection. p458, London, England: John Murray.

2.Aunger, Robert. (2000). Darwinizing Culture: The Status of Memetics as a Science.

3.Barkow, J. H., Cosmides, L., & Tooby, J. (Eds.). (1992). The adapted mind: Evolutionary psychology and the generation of culture. Oxford University Press, USA.

4.Dobzhansky, T. (1973). Nothing in biology makes sense except in the light of evolution. The american biology teacher, 35(3), 125-129.

5.Pinker, S. (2003). How the mind works. Penguin UK. 椋田直子訳『心の仕組み[上]』p59、筑摩書房、2013 

6.Tinbergen, N. (1963). On aims and methods of ethology. Zeitschrift für Tierpsychologie, 20 ,410–433.

 

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