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子どもは何を勉強したいと思っているのか──学習の起源から学びを再考する

どれ程勉強が苦手な人でも、絶えず何かを学んでいる。学習を机に向かって文字と睨めっこすることだけだと考えるのは大きな間違いだ。

あなたは産まれてから今日に至るまで、様々な学習を成し遂げてきている。四則演算の習得から、YouTubeを操作して目当ての動画を見つけることまで、全て学習の産物なのである。

 

しかし、中には自然と身につくものもあれば、習得が困難なものも存在する。

“学習能力”に焦点を当てれば、この違いは人間の認知特性に合致しているかどうかで説明できる。

脳の癖を上手く利用していればスムーズに習得でき、抗うほど時間がかかってしまうのだ。学習の科学は、いくつか効果的な学び方を提示してくれているし、書店に足を運べば該当する本が何冊か見つかるだろう。だが、「なぜ、そのような学び方が効果的なのか?」という問いに答えてくれる本は非常に少ない。

 

そこで、本サイトは進化の観点から学習の起源に目を向け、学びの再考を試みる──サイトのコンセプト→「イントロダクション──進化教育学とは何か

 

進化のレンズを手にした時、これまでの経験や知識が一本の線で繋がり、学びの見立てが立てられるようになっているはずだ。

 

我々は何を学ぶ為に生まれてくるのか

ある種の学習能力は自然淘汰(進化)により遺伝的にプログラムされている、という前提に立って分析を試みるのが進化教育学である。

 

人間は、特別な障害が無い限り苦労せず言語を習得できる。生後8ヶ月には言葉の識別が可能になり(1)、小学校に入学するまでには立派なネイティブスピーカーだ。この約6年間、子どもは受験生のごとく日々頭を悩ませながら言葉を学んできた訳ではないだろう。

なぜなら、言語には少なくとも2500万年前からの進化的起源があり(2)、言語を習得する能力が遺伝子にインストールされている可能性があるからだ(3)。

もちろん、この説に対する反論は存在する(4)。言語の進化は未だ謎が多いが、学習に進化的起源があることは度々示唆されている。例えば、生物の基本的欲求の生存課題に直面すると、記憶力の向上が見られる(5,6)。また、発達段階に応じたバイアスが存在する。

 

どこまでが生得的なものなのか、に関しては議論の余地があるにしても、人間が何かしらの癖を持って生まれてくること、それは種(ホモ・サピエンス)として、何世代も費やして獲得した進化の産物だということに疑いの余地はない。

 

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